大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 平成5年(ヨ)82号 決定

債権者

四国旅客鉄道労働組合青年婦人部

右代表者部長

山下勲

債権者

山下勲

右債権者ら代理人弁護士

西澤圭助

債務者

四国旅客鉄道労働組合

右代表者執行委員長

乾徳夫

右債務者代理人弁護士

佐長彰一

関谷利裕

主文

一  債権者らの本件仮処分命令申立てをいずれも却下する。

二  申立費用はいずれも債権者らの負担とする。

理由

第一  当事者の申立て

一  債権者らの申立て

1  債務者が平成五年六月一二日開催の本部執行委員会においてなした債権者らに対する別紙処分目録記載の各執行権停止処分の効力を仮に停止する。

2  債務者が前項記載の本部執行委員会で設置もしくは開催を決定した統制委員会を開催してはならない。

二  債務者の申立て

主文同旨

第二  事案の概要及び争点

一  争いのない事実

1  債務者は、四国旅客鉄道株式会社及びその関連事業会社に雇用されている者で組織された法人格を有する単一労働組合である。債権者四国旅客鉄道労働組合青年婦人部(以下「債権者青年婦人部」という。)は、債務者所属組合員のうち満三二歳以下の男子組合員及び婦人組合員によって構成される債務者の下部組織である。債権者山下勲(以下「債権者山下」という。)は、債務者所属組合員であると同時に債権者青年婦人部の部員であり、平成三年一二月に開催された債権者青年婦人部の委員会でその部長に選出され、以後債権者青年婦人部の執行機関である常任委員会構成員であるとともに、債務者の執行機関である本部執行委員会の構成員(本部特別執行委員)の地位にある。

2  債務者は、平成五年六月一二日に開催された第八回本部執行委員会において、別紙処分目録記載の債権者らに対する各執行権停止処分(以下「本件執行権停止処分」という。)をするとともに、統制委員会の開催を決定した。

二  債権者らの主張

1  債務者の四国旅客鉄道労働組合規約(以下「規約」という。)には、二五条五項で各級役員に対する緊急措置としてその執行権を停止することができる旨の規定はあるが、下部組織の機関そのものの執行権を停止することを認めた規定はないから、債務者の本部執行委員会が債権者青年婦人部の常任委員会という機関の執行権を停止したことは、その権限を逸脱してなした規約上何ら根拠のない処分であり、その違法性は明白である。

また、本件各執行権停止処分については、その処分理由自体が変遷しており、規約二五条一項所定事由のいずれに該当するかさえ明示されていない点で理由不備の違法がある上、債務者の主張する処分理由はその前提となる事実を欠いており、債務者の主張する「組織運営上重大な支障」を生じさせたこともないのであるから、無効である。

2  規約上、統制委員会は、組合員等からの審査請求を受けた本部執行委員会等からの制裁の申立てに基づいて本部大会又は本部委員会により設置されるものであるのに、債務者の本部執行委員会が開催を決定した統制委員会は、規約一一条に定められた手続に基づくことなく設置ないし開催されるものであって、その手続的違法は重大である。こうした違法な手続により設置・開催された統制委員会に基づいて、債権者山下らに対する制裁の手続を進めることは許されない。

3  本件各執行権停止処分により、債権者青年婦人部の執行機関である債権者青年婦人部常任委員会は、一切の活動を停止することを余儀なくされており、現在債権者青年婦人部が現在早急に取り組まなければならない課題の遂行が不可能となっている。

また、平成五年八月一八日、二二日、二七日に統制委員会を開催することが決定されているところ、債務者は、前記のとおり違法に設置された統制委員会を通じて、債権者山下らに対する制裁の手続を進めており、このままでは、平成五年九月一七日、一八日に開催が予定されている債務者の大会において、統制委員会の答申に基づいて債権者山下らに対する制裁処分が行われることは不可避である。

債権者らは、本件各執行権停止処分及び統制委員会設置の効力を差し止めるべく本案訴訟を準備中であるが、本案判決の確定を待っていては前記のような回復すべからざる損害を被るおそれがある。

4  よって、第一の一(債権者らの申立て)記載のとおりの仮処分を求める。

三  債務者の主張

1  債権者青年婦人部は、単一労働組合である債務者の一部内組織にすぎず、民訴法四六条にいう法人格なき社団と認められるために必要な諸要件を充足していないから、民訴法上の当事者能力を欠いている。

2  1記載のとおり、債権者青年婦人部は債務者と別個独立の組織体ではなくその下部組織にすぎず、本部が組合(下部組織を含む。)を統括するものとされている以上(規約一三条)、本部機関決定から逸脱する下部組織に対し、組合統括の必要上活動停止の処分をなしうるのであって、債権者青年婦人部の常任委員会に対する執行権停止処分は、単一労働組合の上部組織の執行機関が下部組織の執行機関に対して行った純然たる組織上の処分にほかならない。また、債権者山下に対する執行権停止処分は、規約二五条五項に基づいて債権者山下の本部執行委員会の構成員(本部特別執行委員)という機関役員としての権限を暫定的に停止するものにすぎず、債権者山下の労働者としての地位ないし権利を侵害するものではない。

したがって、本件各執行権停止処分は、労働者が自主的に組織する団体である労働組合の内部問題として、労働組合の自治ないし自律の範囲内に属するものであるから、司法審査の対象とならない。

3  本件各執行権停止処分は、平成四年一〇月の統一大会で決定された債務者と申請外四国鉄道産業労働組合との統一に向けて債務者からその下部組織に向けて指示が出されたにもかかわらず、債権者青年婦人部及びその部長である債権者山下がその指示を実行しなかったことに起因するものであり、その処分は正当である。

4  統制委員会の設置については、規約の定めとは齟齬するけれども、本部大会において審議案件の有無に関わりなく統制委員を選任する慣行になっており、今回の統制委員も平成四年一〇月の大会で選出されたものであり、その設置は違法とはいえない。

また、債務者は、統制委員会に対して本件各執行権停止処分の適法妥当性についての審査判断を委ねたものであり、規約一一条による制裁を目的としたものであるとの債権者らの主張は失当である。

第三  当裁判所の判断

一  債権者青年婦人部の当事者能力について

一般に、ある団体が権利能力なき社団として民訴法四六条により当事者能力を有するものと認められるためには、団体としての組織を備え、構成員の変動にかかわらず団体そのものが存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理その他の団体としての主要な点が確定していることが必要であり、特定の団体の下部組織と目される団体の場合にあっては、その上部組織との間においても、自主的な決定、総会の運営、財産管理等が行われ、上部組織とは別個の権利能力なき社団としての自律性独立性を有すると認められるものでなければならないと解すべきである。

一件記録によると、債権者青年婦人部は、規約一二条及び一六条に基づき設置された債務者の下部組織であり、青年婦人部設置運営規則並びに決議機関としての委員会及び執行機関としての常任委員会を有し、綱領、規約・諸規則、運動方針及び機関決定の範囲内で、青年婦人組合員への啓蒙活動及び青年婦人としての諸活動を行うものとされていること、青年婦人部設置運営規則及び運営規程中には、債権者青年婦人部に対して独立の財産管理権能を認める規定はなく、かえって運営規程一九条では債権者青年婦人部の必要経費については本部決済に基づいて処理する旨定められており、債務者の支部・分会の場合の財政処理に関する定めとも異なっていること、運用の実態をみても、債権者青年婦人部独自の会計はなく、第三者との取引活動や使用者との独自交渉ないし協定妥結権限も有していないことが一応認められる。

右にみたように、債権者青年婦人部は、規約等及び本部機関決定の範囲内での限定的な活動を行いうるにすぎない債務者の下部組織であって、その独立的財産管理権能の欠如や組織活動の実態等に照らせば、債権者青年婦人部が債務者とは別個の権利能力なき社団としての自律性独立性を備えているとは認められず、民訴法上の当事者能力を有しないものといわざるをえない。なお、債権者青年婦人部は、本件が労働組合の上部組織と下部組織との争訟であるから、権利能力なき社団として認められるための諸要件のすべてを完全に具備する必要性はないと主張するけれども、当事者能力という訴訟要件の性質にかんがみれば採用の限りでない。

二  本件各執行権停止処分の効力停止申立ての適否について

債務者の組織が、本部、支部、分会、業職種別部会及び青年婦人部から成り(規約一二条)、本部がこれを統括すると定められている(規約一三条)ところ、前認定のとおり、債権者青年婦人部は、債務者の下部組織であってこれと別個独立の労働組合でないのはもちろん民訴法上の当事者能力を肯認するに足りるほどの組織的自律性独立性も有していないものであることにもかんがみれば、債権者青年婦人部常任委員会に対する執行権停止処分については、単一労働組合である債務者内部において、その上部組織機関である本部執行委員会が下部組織機関である債権者青年婦人部の常任委員会に対してした組織上の処分であると認めるのが相当である(なお、債務者の労働組合としての組織的統一性を維持するために、上部組織機関が下部組織機関に対して必要かつ相当な措置を講じることができるのは当然であり、規約上明文の定めがないからといって直ちに右執行権停止処分が根拠を欠く違法なものとなるわけではない。)。そして、これにより債権者山下らで構成される債権者青年婦人部の常任委員会の活動が不能となっているものの、債権者山下の債務者所属の組合員としての地位ないし権利に対する直接的侵害が生じているわけではない。

また、債権者山下に対する執行権停止処分は、規約二五条五項に基づく各級機関役員に対する暫定的措置として、債権者山下の本部特別執行委員たる地位に基づく役員としての権限を停止するものにとどまり、債権者山下の債務者所属の組合員としての地位ないし権利を何ら侵害するものではない。

労働者の自主的団体である労働組合の活動ないし運営に関しては、労働組合の自主性・自律性を尊重すべく、労働組合内部における紛争については、原則として、労働組合自身の自主的自律的解決に委ねるのが相当であり、右紛争の結果労働者に対して憲法上認められた権利が侵害されるような場合を除いては、裁判所による司法審査が及ばないと解すべきである。

本件各執行権停止処分は、債務者と四国鉄道産業労働組合との統一に向けての本部指示の実行への債権者青年婦人部の取り組み方を巡る債務者内部の紛争に端を発するものであって、いずれも債務者の労働組合としての組織統括の必要上下部組織機関ないし機関内部における役員としての権限について暫定的措置として行われたものにすぎず、債権者山下の債務者所属組合員としての地位ないし権利を侵害するものではないから、本件各執行権停止処分については司法審査の対象とならないものというべきである。

三  統制委員会開催停止を求める申立ての適否について

統制委員会の設置に関しては、債権者らの主張するとおり、規約一一条の定めとは異なったやり方となっていることは債務者も自認するところである。すなわち、統制委員会については、統制委員会設置のための本部大会ないし本部委員会の開催が実際には機動的に行いえないことなどから、本部大会において統制委員を選出するという変則的な慣行によっているのが実情であると認められる。しかして、右のような統制委員の選出(統制委員会の設置)それ自体は、債務者の最高議決機関である本部大会で行われてきた慣行であることからすれば、本件における統制委員会の設置がそもそも無効であるということはできないというべきである。

ところで、規約一一条に定められた統制委員会の権限は、本部執行委員会又は闘争委員会からの制裁の申立てを受けた本部大会又は本部委員会の議決に基づき、調査審議の上本部大会に対して制裁の答申を行うものとされており、制裁の決定は本部大会の決議事項であることから明らかなとおり、統制委員会自体は制裁手続における諮問機関的役割を担っているにすぎず、その意味で統制委員会の活動により統制委員会への出頭が求められるなどの事実上の負担は生じるにせよ、それ自体は組合員としての法的地位ないし権利に何らの直接的影響を及ぼすものではないから、統制委員会の活動の差し止めを求める法的利益は存しないといわなければならない(統制委員会の答申を受けた本部大会においてなされる除名等の制裁処分の効力を争う訴訟において、制裁手続の違法性を基礎付けるものとして統制委員会活動の手続的瑕疵を主張することがてきる。)。

本件において、債権者らは、統制委員会において債権者山下らを対象とする制裁手続の一環としての調査審議が行われ、その結果統制委員会の答申に基づいて本部大会において債権者山下らに対する制裁の決定がなされることになるのは不可避であると主張しているけれども、債務者の釈明によれば、統制委員会に対する付託事項は本件各執行権停止処分の適法妥当性の審査にあるというのであって、本件全疎明によるも、債権者らの右主張を認めるに足りない。したがって、債権者らの前記主張はその前提を欠くものであるのみならず、仮に債権者ら主張のとおりだとしても、制裁の決定がなされるより前に統制委員会の活動の差し止めを求めることができないのは前述のとおりである。ましてや、本件においては、司法審査の対象とさえならない本件各執行権停止処分の適法妥当性についての審査が行われるにすぎないのであるから、その点からしても統制委員会の活動の在り方について司法審査は及ばないというべきである。

四  結論

以上の次第で、債権者らの本件仮処分の申立てはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官豊澤佳弘)

別紙処分目録

一 対象

1 四国旅客鉄道労働組合青年婦人部常任委員会

2 山下勲

二 処分の内容

1 執行権の停止

2 四国旅客鉄道労働組合本部特別執行委員の執行権の停止

三 執行権停止期間(共通)

平成五年六月一三日から次期本部定期大会終了時まで。

四 事由(共通)

(1) 青年婦人部設置運営規則に基づく機関運営、組織指導が行なわれず、本部大会、本部委員会、執行委員会の決議に基づく組織運営ができていないこと。

(2) 本部青婦部の活動を今日まで停滞させたこと。

(3) 特別執行委員として、大会、本部委員会、執行委員会において決定された事項を青年婦人部活動に伝達し、反映する活動を怠り、組織運営を著しく停滞させたこと。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例